詩人PIKKIの第三ブログ

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2008年08月×ENTRY's

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蝋燭 (辺境詩手帳から NO.3)


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青い短パン (辺境詩手帳より NO.1)


いよいよ
パンツひとつでは
寒くなってきてしまった
お気に入りのでかパンも
とうとう三年目で
大きな穴が開いてしまった

最近のパンツは
なんて穴が開くのが早いのかと
恨めしげに天を仰ぐ

十年以上穿いていた青い短パンを
捨てずに取って置けばよかった
尻からのクレバスが
とうとうゴムにまで達してしまって
もうそれ以上
越冬は不可能と断念したのだった

年がら年中
穿いていた青い短パン
ジョギングの時も
会社へ行く時も
母の介護の最中も

まるで
初めて着た柔道着みたいに
ごわごわで
ばりばりだった青い短パン
ぼくの青春時代の
すべてを知っていた青い短パン

夏の終り


夏の終り
夏の終りには
やれやれ
これでなんとか今年も
生きのびることが出来たなと思う

夏の終りには
海へと出かけたくなる
一晩中焚き火を燃やしながら
しみじみと
波の音を聞きたくなる

広い広い浜辺で
風の音に耳を澄ませながら

海と星と
きみの思い出に満たされて
熱いコーヒーを啜っていたくなる

明日


「さよなら」
何度君に
そう呟いただろう
いつもの黄昏の街角で
自転車で去ってゆくきみの後姿へと

認知症で寝たきりの母にも
「おやすみ母さん」
「いい夢をね」

明日には たぶん
明日の風が吹いているのだろう
明日には
ぼくやきみが
何もかも無くして
震えているかもしれないけれど

それでも「また明日ね」と
希望を込めて呟くしかない

誰だって
どんな権力だって
明日も生きようという生命を
抹殺することなんかできないのだから


不幸せ


不幸せは
シャツに開いた穴みたいなもんかもしれない
いじくってると
だんだん大きくなってしまう

穴の存在なんか忘れて
身軽を楽しめばいい
自分の姿に惚れこみなおしたり
こんなんじゃなかったのにと
嘆き哀しめばいい

けれども
パンツに開いた穴は
誰からも顰蹙を買う
誰もが
似たようなもんだべというのに
(ほんとに金で出来てたら吃驚仰天だけど)

大きくて邪魔臭かろうが
小さくて探すのに苦労しようと
どっちでもいいべやと
家ではいっつも
素っ裸のぼくは思う

猛暑のち雷雨


未分類

amenoato

比喩


すべての言葉は
言い訳と隠蔽のためにあるのかもしれない

すべての青空が
神々の
錯乱と錯覚のなれの果てであるように
すべての星々が
あの世には持っていけなかった
守銭奴どもの贋金であるように

すべての森々が
傷ついた生命を隠すためにあり
すべての島々が
死した生命の埋葬のためにあるように

すべての生き物が
かつての偉大なものたちの
哀しみの産物であり
すべての人々が
誰もが同じ
涙の結晶を抱いて生きているように

おおれは一生流れ者♪ (岡林信康の歌より)




おおれは一生流れ者♪ (岡林信康の歌より)
嬉しいときも
哀しいときも
おおれは一生流れ者♪の精神で生きてきた

風が理想なのだ
降りしきる雨が
転がる石ころが

なにかにしがみつくとか
執着するのが苦手なんだ

いつだって
後悔なんかしないで
晴れ晴れと死んでゆくというのが
理想だった
人間以外の
すべての生き物みたいに

色んなドアがあり、色んな扉がある


ぼくがこの世界の誰よりも詳しいと言える分野は(ごく限定された部分的な分野だけど・・)
古代史と文学とSFとホラー
少し昔の競馬と環境問題
介護・看護とリストラ関係
冠婚葬祭と警備関係

ぼくがトヨタから首切りされた時は、まるで現代SFの出発点のジョージ・オーウェルの「1984」みたいだな・・と思ったもんだった。天下り法務官僚重役の指揮のもとに法務部門が取り仕切って、会社幹部と組合幹部が左右にずらりだった。

その内容はというと、毎日掃除のおばさんのすぐ側で、陰毛丸出しのエロ雑誌を見ていた派遣業者(ぼくが移動するたびに監視のために一緒に移動)や、毎日ぼくのトイレ時間をストップウォッチで測っていた上司のぼくへの糾弾だった。

創価学会系企業からの首切りの際には、ナチスドイツや手塚治虫の「火の鳥」や「光る風」(山上たつひこー稀有のギャク漫画家で、「こまわりくん」は歴史に残るナンセンスマンガだと思う)を連想した。

行政から委託の市営斎場の会議室には、ロリータビデオが山積みされていて、市役所の職員がコーヒーを飲みに来てはそれを見たり、それを見ることを自分にも強制したり、ネットで同性愛映像をダウンロードしたり、それを加工して見ることを強制したりという上司だった。我々の血税で。

仕事中の労災が認めらなかったことや、仕事中のパワハラやセクハラを労働基準監督署に訴えても全然認められなかった。

パソコンはできたての頃からの付き合いで
その歴史には詳しいけど、ブラインドタッチ以外の自信はない

どの分野の仕事も大好きだったけど
でもなかなか詩を書く以外には、社会貢献していないなと思う

泥棒を志している人々への忠告がある
現在ではセコム(先日サミットのあったホテルの所有者)等のために、約20分で警察がすっ飛んでくるので、止めることを忠告したい。ネットでの違法行為も・・

それでも
交番の前の自動販売機をバールでこじ開けたり、トヨタ工場内でドリルで鍵穴を開けたりという猛者もいたけど・・

ぼくはなんでイカが大好きなんだろう?


neko.jpg

夜勤仕事中に作った詩(3) 切り株の詩


いまではすっかり
熊の巣だらけとなってしまった
生まれ故郷を
一度だけ訪れたことがある

ぼくが入学した小学校がとっくに廃校になり
廃線になってすぐの頃だった

小学校も駅舎も
とっくに解体されていて
丘の上の小学校のぐるりを囲んでいた
桜並木はすべて切り倒されていた

その切り株のひとつに腰掛けようとすると
切り株の真ん中から
新しい芽が出ていた
お前も俺も
似たもの同士だなと思わず呟いていた

そっと目をつぶると
にぎやかだったあの頃と同んなじ
あちこちからのせみ時雨のなか
遠いぼくらの喚声が聞こえた

夏休みには
校庭の真ん中での
七夕の飾りつけやビデオ鑑賞会
やぐらを組んでの盆踊り

冬には
雪像の間での雪合戦や
下登校どころか
体育や遠足までもスキーで滑った
ぐるりの山々

こんな小さな村に
数千人が住んでいたなんて
とても信じられないよなと
切り株たちに
語りかけるしかなかった


夜勤仕事中に作った詩(1) きみがいた季節


きみがいた季節は
白いヒメジョンが揺れる
廃線に沿った夕暮れの道を
いつまでも
別れ言葉を言い出せなくって
歩いていたでこぼこ道

あの頃はまだ
沈む夕日の湾岸から
磯臭い風が吹いってきていたっけ

互いに
なにも言わなくても ぼくらは
羽根をもがれたサモトラのニケ
泳ぎを忘れてしまった人魚と
飛ぶことを忘れてしまった鴎

ぼくらのすぐ目の前には
いつの日も
荒々しい波に囲まれて
切り立った断崖

いつだったかきみが
「父があそこから自殺を図って助けられた場所だよ」
という断崖だった

そしてきみの父という人は
ぼくが考古学の道を目指していた頃
憧れていたただ一人の人




また朝が明けてきて
鳥たちが鳴きはじめてしまった

ぼくだけにしか
わからない朝の哀しさ
昨夜もまた
生きて延びてしまったという哀しさ

ぼくの初恋のひとそっくりの
中島みゆきは
「ああ 人はむかしむかし
 鳥だったのかもしれないよ
 こんなにも こんなにも
 空が恋しい」
と歌ったけど
ぼくの哀しさは断じて違う!

昨日もまた
惰性で生きてしまったという哀しさ
弱い者を貪り尽くし
この国の未来のすべてを奪い尽くす
奴らと刺し違えることのできなかったという
哀しさだ

バラード


ヤケ酒を飲んで
市営グランドの柵を乗り越えたら
そこは満天の星々
ぼくだけの舞台
なにひとつ
歌の聞こえてこない

寝そべって見上げれば
空も 地球も
蒼穹の夢の欠片のよう

円形競技場みたいな市営グランドを
素足で歩いてみたよ

喚声はもう遠い過去のこと
昨日君と別れてきた
街の雑踏も
まるでいまでは海底の葬送

花火が欲しかったので
バーンと喚声を上げる
さよなら
いつも風の中だった20世紀
さよなら
いつも奴隷たちの国というより
家畜たちの国だった祖国 


 あの町


あの町は
風が通りすぎる町
断崖と断崖との間の
砂浜に沿った町

生まれて初めての
あまりの海の大きさに
じゃぶじゃぶと顔を洗った浜

今ごろは
浜茄子が風に翻がえり
鴎がのんびり
対岸の半島とのあいだを
行き来していることだろう

どうしてだか
いちばん仲のよかった幼馴染と
帰ったら
真っ先に会いたかった君とが
ずいぶん昔に
亡くなってしまった町

いつの日にか また
あの砂浜に立ちつくして
あの世の君たちに
大声で呼びかけてみたい町

「もう一度だけ
 会って話したかったよ」
「きみ等の分まで
 生きるつもりだよ」

水の中のナイフ


「水の中のナイフ」という映画を観て以来
いつも手放せないナイフがある
山へ行く時にも
暮れなずむ街角で
ひとり迷子になってしまった時にも

きみからプレゼントされた
赤い小さなナイフ
スイスの国旗が刻まれた
しんやりとしたナイフ

このナイフで
なんどお祝いのビールや
ワインの栓を抜いたことだろうか
山小屋のストーブの前で
きみを想いながら
缶詰を開けたことだろうか

病室のきみを見舞った時にも
真っ赤な林檎を片手に
「最後まで切らずに皮をむけるんだ」と
微笑みながら

きみの死から もう
十年以上経つというのに
まるでいよいよ赤く
色褪せることのないナイフ
きらり きらきら
水の中のナイフみたいな
きみの思いでの数々

笑え (推敲形)


ある日
寝たきり生活が
もう十年になる母に
聞かれたことがある

「死んだらどうなるんだべか?」
脳梗塞と心臓動脈瘤破裂手術とで
ボケが急速に進行中の母だった
その時
ぼくがどう答えたのかを
全然覚えていない

どんな立派な事を言おうと
どんな素敵に振舞おうと 
ぼくらは 
身近な自然についてさえ
なにひとつ知らない
ちっぽけで傲慢な存在

笑いで誤魔化してでもいいから
その不安に耐えるべきなんだと思った
だから 
残り少ない人生の母を
できるだけ笑わせてやろうとしたんだ

笑え 笑え 
もっと笑え
もっと大きく口を開けて

笑え 笑え 
もっと笑え
のどチンコが見えるぐらい
もっと大きく口を開けて

笑え 笑え 
もっと笑え
もっと笑い
もっと泣くため
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